小林秀雄 講演 歴史と人生

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Комментарии • 9

  • @pppp9476
    @pppp9476 3 года назад +1

    若い時にこれを文庫で読んで感銘し、今肉声で聴いて改めて感銘しました。私の「歴史観」に大きな影響を与えてくれた内容だったと、再認識し感動しております。アップありがとうございます

  • @上田進-r2g
    @上田進-r2g 4 года назад +9

    小林秀雄を16歳に、読むようになってから、54年になります。
    今年、古希になりましたが、歳を重ねてみなければ、人は、何も分からないものなのかなと思うのであります。小林秀雄を、日夜読み続けて来た事によるものであると、考えたのであります。

  • @水戸藩士
    @水戸藩士 4 года назад +2

    有り難う御座います

  • @水戸藩士
    @水戸藩士 4 года назад +2

    上田先輩、僕は兄の「無私の精神」を盗んで読んだのが15歳の夏でした。人生が一変した安心と自分でものを考えることの大切さを覚えました。

  • @阿部靖彦-k1u
    @阿部靖彦-k1u 3 года назад

    明治天皇御製に神のこころに通うこそひとのこころの誠なりけり!誠はあるがままとする理解!これこそ誠に頷けること!明治天皇は宣長を念頭に國の歴史を憂いた謳だったのか?あるがままを深化させてみたいと思いました。

  • @yomboh7033
    @yomboh7033 4 года назад +6

    小林秀雄先生をよく知りたい。過去の小林秀雄ではなく、現在僕の心の中に生きている小林秀雄を。

  • @ラヴケイレブ
    @ラヴケイレブ 3 года назад

    「歴史の根底には文学がある」
    ということは、歴史というものが客観的なものではなく、主観が入る、ということ。何をどう見るか、って言うこと自体に「見方」が前提とされているのだから。「何をどう見るか」これを突き詰めると、歴史は文学的ストーリーになる!

  • @toshiakihosoi2158
    @toshiakihosoi2158 3 года назад +1

    肉体は自然を背負っている。同様に思考は歴史を背負っている。つまり、自分は太古から連綿と続いている記憶でもある。厳密には「言葉の発祥から今日まで」と言うべきか。本居宣長は手元にあるが、まだ読んでいない。少しは読みやすくなったか・・・。言葉が、時代と共に様相を変えて行くのは自然なことである。これは、外国語と同じだ。文化と歴史まで、大袈裟にいえば、その地に暮らさなければ、言葉の真意にまで辿り着けないだろう。それを今日の狭量な知識をもって古代を測ろうとすることは愚かなことである。・・・なるほど、その通りですな。